FMレシオ検波のシミュレーション(EF-850)
投稿日 2017/02/09
EF-850という昔の3バンド(MW/SW, FM)真空管ラジオで採用されている不平衡レシオ検波回路の特性を確認するためLTSpiceでシミュレーションしてみました。
なかなか調整が厄介と言われるレシオ検波回路の気難しさが確認できました。
ナショナル EF-850 MW/SW,FM 3バンド トランスレス真空管ラジオ
まず、EF-850で採用されているレシオ検波回路ですが、回路図のように不平衡型のレシオ検波回路です。レシオ検波よりも部品点数が減らせ、さほど性能の差がないといわれている不平衡型レシオ検波は、アナログ・テレビでも多く採用されています。
EF-850の不平衡レシオ検波回路もオーソドックスなものですが、販売されたのが昭和30年代とあって、ダイオードにはOA79が使われています。(シミュレーションに当たってはOA79のモデルは無いため、代わりにショットキバリア・ダイオードを使用しました。)
このラジオのFMの受信周波数範囲は76から90MHzです。周波数変換には17EW8が使われています。中間周波増幅は12BA6二段です。中間周波数は10.7MHzです。
EF-850のFM不平衡型レシオ検波回路
まずこの回路をほぼそのままLTSpiceに入れます。
最初にS字特性を見たいので、FMモジュレータを組み込まず、搬送波をスイープさせてみます。回路を以下に示します。
FMモジュレータ無しで直接搬送波を入力する
L1 L2 + L3の結合度によって中心周波数がずれる
0.43にして10.7MHz付近に合わせた
AC解析で9.7MHzから11.7MHZまでをスイープさせた
5uFは電荷が貯まるまで安定しないので省いてシミュレーションした
一般的にFM放送の周波数偏移は75KHzのようですので、すこし余裕をみて検波回路の直線性区間幅が100KHzとれるように設計するようです。これは中心周波数10.7MHzから上が10.75Hz、下が10.65MHzの区間、リニアであることが必要です。
S字特性のリニアな傾斜部分の中心が10.7MHzになるようにしなければならないのですが、これがL1とL2 + L3の誘導結合度によって簡単に動いてしまいます。(シミュレーションではL2とL3もL1と同じ誘導結合度になっていますが、実際にはL2とL3はバイファイラ巻きで密結合しているので、シビアさはそれほどでもないかもしれませんが。) 今回は0.43でシミュレーションしています。
上記の回路でAC解析を行います。周波数スパンは9.7MHzから11.7MHzです。
上記回路でのシミュレーション結果
S字特性
中心部分の拡大
10.7MHz ±50KHzはほぼリニア
次にFMモジュレータを組み込んで、トランジェント解析を行います。
EF-850の不平衡レシオ検波回路をシミュレーターLTSpiceに入力
A1,A2 FMモジュレータ 10.75MHZから10.65MHz 周波数変移 ±50KHz 振幅 1V
変調波 2KHz
L1, L2 +L3 L4 10.7MHzに共振
L1とL2 + L3の誘導結合度 0.43
L4(L1)とL5の誘導結合度 1.0
EF-850の回路にある5uFを付けると電荷が貯まって安定するのに
時間がかかるので省略
L5もL1と異なる結合度で結合させたいのですが、エラーになるためL4を設けて結合させました。
上記のようにLTSpiceに回路を入力し、トランジェント解析を行うと、250PFの両端に変調波で振幅が変化する10.7MHzが現れます。それをフィルターに通して10.7MHzをカットしてやれば、変調波の2KHzが取り出せます。
搬送波 10.7MHz 振幅 1V 変調波2KHz 周波数変移±50KHzの場合
(SINE 0.5 0.5 2000)
ディエンファシス・フィルターの前(250PFの両端)
10.7MHzの搬送波の上に2KHzが振幅で乗っている
搬送波 10.7MHz 振幅 1V 変調波2KHz 周波数変移±50KHzの場合
(SINE 0.5 0.5 2000)
ディエンファシス・フィルター通過後(Out)
歪みが無く、高周波成分も無い信号が取り出せている
搬送波 10.7MHz 振幅 1V 変調波15KHz 周波数変移±50KHzの場合
(SINE 0.5 0.5 15000)
ディエンファシス・フィルター通過後(Out)
フィルターでかなり減衰している
この回路のS字特性のリニア域は、前述のように±50KHz(幅100KHz)あります。そこに周波数変移±75KHz(幅150KHz)の周波数変調波を入力して歪むかどうかを確認しました。
搬送波 10.7MHz 振幅 1V 変調波2KHz 周波数変移±75KHzの場合
(mark=10.825MEG space=10.575MEG)
少し歪み始めている
上下が均等に歪んでいないので、まだ中心に合わせ込めていないのと、
上下の特性の差によるものと思われる
以上からFM検波回路として機能していることがわかります。ただしこの回路にはさまざまなパラメータがあります。これらを最適値に持っていくのは至難の業と言えます。特にL1, L2 + L3の誘導結合度は。
L1の共振周波数 <- 10.7MHzに共振
L2 + L3の共振周波数 <- 10.7MHzに共振
L1とL2+L3の誘導結合度 <- 疎結合 0.43
L5のインダクタンスと、L4(L1)とL5との誘導結合度 <- 密結合 1.0
L2+L3の共振周波数の影響
このうち並列共振回路の共振周波数はなんとか合わせ込みはできるとしても、シールドケースに入れるなどして実装するとズレるので、コンデンサをトリマにするか、コイルをミュー同調にするかして、共振周波数の調整が必要です。
シミュレーションではコンデンサを100pFちょうどにして、コイルのインダクタンスを計算で求めた値にして10.7MHzに共振させていますが、L1+L2の共振周波数がズレたらどうなるか見てみました。
L2+L3の共振周波数がズレた場合
L2 + L3 = 2.3272uH 10.433MHzに同調 (約267KHz低い)
搬送波 10.7MHz 6Vpp 変調波1KHz 周波数変移±50KHzの場合
L1とL2 + L3の誘導結合度の影響
L1とL2 + L3の結合度はかなりシビアです。シミュレーションの結果0.43を中心におおよそ±0.05の範囲しかありません。この範囲以外の場合、波形に目で見てわかるくらいの歪みが出ます。
これは検波トランスを作る場合、かなり困難な課題となりそうです。実際に作るにあたって、ボビン上にL1を巻いて、L2 + L3(バイファイラ巻き)をどのくらい離して巻けば結合度が0.43±0.05の範囲に入るのかが問題です。ミュー同調の場合はコアが結合度を変えることも考えられます。
ただし、シミュレーションではL2とL3の結合度も同じ値となりますが、実際にはL2, L3はバイファイラ巻きとして密結合にするので、シミュレーションとの違いが出るかもしれません。
L5のインダクタンス
L5は一次側と同位相の信号を取り出すためのコイルです。L4(L1)に密結合します。実際にはL1の上に重ねて巻きます。L5のインダクタンス値はシビアなものではなく、出力電圧との兼ね合いで決めればよいと思います。シミュレーションでは15uHで行いました。
ディエンファシス・フィルター
FM放送は高域のSN比をよくするため強調して送られています。つまりプリエンファシスされています。日本では時定数75uSでプリエンファシスされています。これを元に戻すのがディエンファシス・フィルターです。一般的には時定数60uSのローパスフィルターが使われるようですので、R = 30KΩ C = 0.002uFのRCフィルターで作れます。
EF-850ではRに27KΩ Cに0.002uFが使われているようです。この場合、時定数は54uSですので、やや高音強調が残った音色となっているようです。
おわりに
レシオ検波の場合、検波トランスの製作は難しいと言われますが、シミュレーションの結果、一次側と二次側の結合度によって、リニア域の中心周波数が変わるので、それを10.7MHzに持っていくには、かなりの腕が必要に思います。
もしFM検波回路を自作するのであれば、個人的にはトラビス検波(2同調検波)のほうが作りやすいのではないかと思っています。
最後に今回のシミュレーションが実際の不平衡レシオ検波の特性をどの程度忠実に表せているかはわかりません。
(JF1VRR)