波形歪と高調波
投稿日 2022年03月10日
増幅器でよく問題にされる2次高調波歪とか、3次高調波歪というのがありますが、どんな場合にそれらが生じるのか、ちょっと考えてみました。算数ができれば、「算数チャチャチャ」でも歌いながら、数式でチャチャチャと説明できるのでしょうが、当局の場合はそうはいきません。そこでLTSpiceでシミュレーションしながら確かめてみました。
そもそも、オーディオアンプでも、高周波アンプ増幅器では、ほとんど2次高調波歪と3次高調波歪しか問題にされません。歪とは基本波以外の周波数成分が含まれているということですが、おそらく増幅器は、ミキサーではないので2倍、3倍、4倍、5倍....と、整数倍の周波数成分しか混ざりえないのでしょう。オーディオでもミキサーはありますが、信号の加算、つまり振幅方向に増減があっても、RFのミキサーのように積算はしません。
では、整数倍の周波数成分が混ざるとはどういうことなのか? 増幅器でなぜそれが生じるのかということになります。そこで、まず、強い第2高調波が混入すると、その合成波形はどのようになるのか、シミュレーションで確かめてみました
bi2つのボルテージ電源で1KHz AMP 1V、2KHz AMP 0.2V 位相-90°のサイン波を作り
ビヘ-ビア電源で加算
出力(out)を観測すると下半分が詰まった波形が観測される
信号の加算はLTSpiceに用意されているビヘービア電源(この)回路ではB1)を使います。ビヘービア電源とは関数電源とでも言いますか、他の信号を数式で処理して結果を出力する電源です。上の回路のように2つのサイン波を加算すると、上半分が1.2Vあたりまで少し伸びて、逆に下半分は-0.8Vくらいまで縮んでいます。この出力波形をFFT解析すると、下の画像のように2KHzの高調波が観測されます。基本波(1KHz)とのレベル差は-14dBです。2KHz以外はほとんど観測されません。この場合は波形が歪んでいるのは一目瞭然ですが、実際の増幅器では、こんなには歪みません。見ても分からない程度です。
1KHz AMP 1V、2KHz AMP 0.2V 位相-90°サイン波の加算合成波のFFT解析
2KHzが高調波のように観測される
この下が詰まる波形は、増幅回路に使う真空管やトランジスタの非線形素子による増幅結果としてよく見るものです。真空管は、多かれ少なかれEp-Ip特性における動作点を中心に、グリッド電圧が深くなる方向に特性曲線が寝ていて、間隔が狭まっているのが普通ですし、トランジスタの場合は、ベース電流で決まるコレクタ電流の比、つまりhFEがコレクタ電流の大きさによって異なるなどの非線形特性であるのが原因でしょう。
4つのボルテージ電源で1KHz AMP 1V、2KHz AMP 0.2V 位相-90°
4KHz AMP 0.01V 6KHz AMP 0.001Vのサイン波を作り
ビヘ-ビア電源で加算
出力(out)を観測すると下半分が詰まった波形が観測される
上は3つの偶数次高調波として、2KHz、4KHz、6KHzを合成した波形です。強い2KHzが支配的なので波形はあまり変わったようには見えませんが、下の画像のように、偶数次に高調波があるように観測されます。
1KHz AMP 1V、2KHz AMP 0.2V 位相-90°、
4KHz 0.01V、6KHz 0.001V サイン波の合成波のFFT解析
次は異なる周波数の信号を合成するのではなく、実際の増幅器のように下側が詰まった信号を直接発生させてFFT解析してみました。1KHzのサイン波を、ビヘービア電源を使って歪ませてみます。下の回路でビヘービア電源で使っている数式 V=u(V(in)*V(in)+!(u(V(in)))*V(in)/1.1は、LTSpiceを詳細に説明してくれているYoutubeチャンネル「伝スパ」さんを参考にした(というかそのままですが)もので、ここで使用しているU()という関数は、V(in) > 0 の場合に1になる関数で、それ以外は0なので、V(in)が正の領域にあるか、負の領域にあるかを見ていることになります。このため正の領域はV(in)そのままで、負の領域は1.1で割った(10%差し引いた)値が出力されます。結果、負の方向(下側)は0.9Vまで詰まります。(波形は一見歪んでいるようには見えませんが) これは極端ですが、出力の下半分が詰まる現象は増幅器でよくあることです。(というか、こうなるのが普通です)
ビヘービア電源で1V 1KHzの信号の下半分を詰まらせ
TRAN解析したもの
波形の下側が0.9Vに詰まっている(つまり歪んでいる)
上のTRAN解析の結果をFFT解析したもの
偶数次の高調波が発生している
逆に奇数次の高調波は一切無いことがわかる
次に、基本波の1KHzのみの信号と偶数次の高調波を含む信号を実際に聴いてみます。LTSpiceはシミュレーション結果をWAVファイルに出力することができます。前述のシミュレーションの回路にある.wave Spurious.wav 16 44.1K V(out)が、WAVファイルを出力するコマンドです。TRAN解析の時間は.tran 5sとして5秒間出力させました。
1KHz 基本波
1KHz +2KHz
1KHz +2KHz + 4KHz + 6KHz
V=u(V(in)*V(in)+!(u(V(in)))*V(in)/2
これらのプレーヤーには音量調整が無いのでご注意ください。1KHzの基本波はピーというきれいな音ですが、2KHzが混ざると耳障りなジーという音が聞こえます。
なぜ、増幅波形の一方(今回のシミュレーションでは下側)が詰まると、偶数次の高調波が発生するのでしょうか。これは算数ができる人に証明していただくしかないですが、どのような増幅器でも多かれ少なかれこのような歪は発生するもので、避けて通れないものでしょう。少しでも歪が少い(直線性のよい)素子を使い、動作点を慎重に選ぶことで、歪を少なくするしかないと思います。
(JF1VRR)