EF-850 3バンドラジオの回路構成
投稿日 2017/01/31
ナショナルの3バンドラジオ EF-850の回路を調べてみました。このころのナショナルには、前後にEF-650(AM/FM)や、EF-740、RE-830、RE-860【MW/SW/FM AFC付き)などがあるようです。
EF-650 AM,FM(SWなし) FM検波は12AL5 同調指示なし
EF-740 AM,FM,SW EF-850とほぼ同じ回路 同調指示なし
RE-830 AM,FM,SW EF-850とほぼ同じ回路 同調指示なし 2スピーカ
RE-860 AM,FM,SW EF-850とほぼ同じ回路 FMはAFC付き
このEF-850はMW、SW、FMの3バンド・ラジオで、トランスレスのスーパーヘテロダイン受信機で1962年に発表されたようです。日本におけるFMの実験放送開始は、1957年12月。最初はモノーラル放送です。1963年12月にステレオでの実験放送が行われています。1962年というとステレオになる前。モノーラルでの放送が円熟してきたころでしょうか。
EF-850
MW、SW、FM 3バンド トランスレス・スーパー・ラジオ
サランネットは交換されています。
大形の木製キャビネット
14cmの大形ダイナミック・スピーカ
ちなみに、MW(中波)、SW(短波)は搬送波周波数帯の波長表現を、AMやFMは変調方式(搬送波に音声信号を乗せる方式)を示すもので、MW、SW、FMと書くとそれらをごちゃまぜにした表現ということになります。正しくはMF(MW)の一部周波数(535 - 1605KHz)、HF(SW)の一部周波数(3.75 - 12MHz)の振幅変調(AM)とVHFの一部周波数(76 - 90MHz)の周波数変調(FM)波を受信するラジオとなります。一般的にはAMというとMWのAMの放送(中波の一般ラジオ局)のことを、SWというと3から30MHzまでの短波帯のAMの放送(国内外の短波放送局)を差します。FMというと69から90MHzくらいまでのFMの放送のことを差します。
EF-850の受信周波数と中間周波数は
FM 76MHzから90MHz
MW 535KHzから1605KHz
SW 3.75MHzから12MHz
FM中間周波数 10.7MHz
AM中間周波数 455KHz
となっています。
キャビネット内は比較的ゆったりしている
左上はFMのアンテナ端子 下の赤黒はMW/SWのアンテナ端子
その横はPU(レコードプレーヤなどの外部音源をつなぐ)端子
使用真空管(計7球)、半導体は、
FM高周波増幅 17EW8 1/2A
FM周波数変換 17EW8 1/2B
AM周波数変換 12BE6
FM/AM中間周波増幅 12BA6
FM中間周波増幅 12BA6
FMレシオ検波 OA79 x 2
AM検波、AM/FM電圧増幅 12AV6
低周波電力増幅 30A5
整流 SD-1
同調指示 12ZE8
回路図は小さくて見ずらいですが、キャビネットの内側の側面に貼られています。
EF-850 3バンド・ラジオ 回路図
回路は一般的なAM5球スーパーに、1球のFMチューナー、10.7MHzの中間周波増幅、FMレシオ検波回路、同調指示を追加した形です。AMのアンテナにバーアンテナが採用され、電源整流やFMレシオ検波に半導体ダイオードが使われています。FMラジオとしては最小限の回路構成で、そんなに感度のよいものではありません。
RE-830などではバーアンテナの角度が変えられるようになっていますが、EF-850では固定です。キャビネットに水平平行です。
同調指示管(マジックアイ)が付いており、高級感があります。スピーカはひとつですが、14cmの大型ダイナミック・スピーカーです。
キャビネットはやや大型の木製です。プラスチック製のキャビネットが多いトランスレス5球スーパーの中で、木製は落ち着きと重厚感があります。またサランネットの面積が大きく、やわらかい雰囲気があります。ツマミは大きく操作しやすいです。
ツマミは、左から電源SW兼音質、音量、バンド切り替え、周波数選択(チューニング)です。
分解(シャーシの取り出し)
必ず電源コードをコンセントから抜いて行います。
まず、前面のツマミ4個を引き抜きます。
裏面のカバーを外します。上にある二つのネジを緩め、固定金具を下にスライドさせると簡単に倒れてきます。
スピーカーのナットをナット回しで外します。スプリングワッシャも忘れずに。
パイロットランプ2つを木ネジを緩めて外します。
ダイヤル針をとめている金具のネジを緩めて、ダイヤル糸からダイヤル針を外します。ダイヤル針はキャビネット側に残ります。ダイヤル針のスライド板は外しません。
同調指示管を絞めているレバーを緩めて、同調指示管を抜きとります。
全面の透明プラスチック面とサランネットを傷めないよう配慮して、キャビネットをうつぶせに寝かせ、底面にある黒いプラスチックの大きなネジを4つ外します。これでシャーシがキャビネットから外れます。
シャーシにはリード線でスピーカ、パイロットランプ、同調指示管がつながった状態です。それらをゆっくりキャビネットから取り出します。
ツマミを元通りに差し込みます。
なお、同調指示管をソケットから抜くと、全真空管のヒータが点かなくなり動作しませんので、刺したままにしておきます。貴重な真空管ですから割ると入手困難です。
電源コードをコンセントに差し込んだらシャーシ等、金属部には素手で触らないように注意します。
分解の手順はざっとこんな感じです。
以下、各回路部分に分けて見て行きます。
電源部
一般的なトランスレスラジオの電源回路です。EF-850は真空管ラジオとしては後期(昭和30年代前半)に発表されたもので、そろそろラジオに半導体が使われ始めたころのようです。EF-850も電源の整流に半導体整流ダイオードのSD-1が使われています。後述のFM検波にもダイオードが使われており、半導体の使用でうまく真空管の数を減らしています。
SD-1は当局が中学生のときに使ったダイオードで、最近まで在庫してました。昭和30年代に登場していたとは驚きです。いまでは整流用ダイオードは優秀なものが多く出回っていますが、当時、セレン整流器は時代遅れという感じで、SD-1が魅力的でした。
EF-850の電源部回路
AC100Vラインにはラインフィルタが入っています。
SD-1で整流後、60uF 150V x 3のブロックコンデンサで平滑しています。
真空管のヒーターは直列の17 + 12 + 12 + 12 + 12 + 30 + 12 = 107Vで、ヒーター電流はすべて150mAのトランスレス用の真空管です。
トランスレスのヒータ点火は、電力増幅などはホット側、高周波増幅や検波などはコールド側という定石通りの順番(HOT側 V6 30A5 - V7 12ZE1 - V4 12BA6 - V3 12BA6 - V2 12BE6 - V1 17EW8 - V5 12AV6 COLD側)となっています。コールド側の2本にはフィルターが挿入されています。
真空管が冷えている状態で電源を入れると、30A5以外は切れるんじゃないかと思うほど、ヒータが明るく光り、すぐ定常状態になります。
関連記事: トランスレス球のヒータ特性
2つのパイロットランプは、専用のトランスで点火しています。
一般的なAM/SWの5球スーパーより球の数が多いので、球のヒータだけで107Vですし、整流管のヒータで分圧する方法はとれないので、パイロットランプの6.3Vは単巻トランスで作っています。他の機種でネオンランプ使用のラジオも見受けますが、パイロットランプは明るくてよいようです。
EF-850の電源部
前オーナーによって部品交換などの手が入っている
AM周波数変換部
EF-850 MW/SW 周波数変換部回路
12BE6を使用した一般的な周波数変換回路です。MW/SWの電波を中間周波数 455KHzに変換します。
アンテナコイル、ローカルオシレータ・コイルは下側がAM用、上側がSW用です。アンテナはAMのアンテナコイル自体がバーアンテナですからある程度受信感度がありますが、アンテナ端子があるので、外部アンテナをつなぐこともできます。強電界地域と弱電界地域の対応です。SWは小さなアンテナコイルですのでアンテナをつながなければ感度は期待できません。SW専用のアンテナ端子も用意されています。このためAMはバーアンテナで受信し、SWは外部アンテナで楽しむという感じです。
バリコンはAM/SW用は430PFの2連です。このバリコンはFM用の22PFの2連も連動しています。ローカルオシレータ(局部発振)のパディグ・コンデンサは固定のものを使用し、代わりにコイルがミュー同調になっています。
出力側の455KHz IFT(中間周波トランス)はFMの10.7MHzのIFTと直列になっていますが、周波数が異なるためこのような回路が可能です。AM/SWとFMで共有している第一中間周波増幅の出力側のIFTも同様です。
FMチューナー部
EF-850 FMチューナ部回路
簡易なFMラジオとしてオーソドックスなFMチューナ部です。76MHzから90MHzをFM中間周波数10.7MHzに変換します。双三極管 1本で構成されています。このラジオはトランスレスですから17EW8が使われていますが、トランス式の場合は6AQ8が使われるようです。(17EW8の6.3V版はありません。6AQ8のトランスレス用が17EW8とも言えます) 17EW8、6AQ8ともに2つの三極ユニット間にシールドを持っています。トランス式では6DT8や12AT6などが使われることもあるようです。
関連記事:6AQ8 j実測実測データ (66) Twin Triode
EF-850 FMチューナー部
回路はオーソドックスなもので、左の三極ユニットで高周波増幅、右の三極ユニットでローカルオシレータとの混合(変換)を行っています。なお、このラジオはAFC回路はありません。
アナログ・テレビのチューナーはもう少し上等で、高周波増幅には6RHH2双三極管の両ユニットを使用したカスコード接続、ローカルオシレータと混合に6MHH3双三極管を使用した計2つの球を使用した回路になっていますが、FMラジオの場合はずいぶん簡略化されているといえます。後期に出てきたFMチューナーなどはローカル発振と混合を別にし、AFCを付け、中間周波増幅の段数を増やすなど、高性能化が見られます。
トランスレスのラジオではトランスレス用の真空管を使わなければなりません。ヒータ電圧17Vでヒーター電流150mAの17EW8は貴重な存在と言えます。
中間周波増幅部
AM/SWの中間周波数は455KHzです。FMの中間周波数は10.7MHzです。
AM/SWは一般的な5球スーパー・ヘテロダインで、中間周波増幅は1段です。FMはAM/SWと共用の中間周波増幅と、FM専用の中間周波増幅の計2段です。1段目の中間周波増幅はAM/SWとFMが共用されているため、455KHzと10.7MHzの増幅を1本の12BA6でこなしています。このため入出力ともに同調コイル(中間周波トランス)が455KHzのものと、10.7MHzのもの2つがつながっています。
455KHzの信号は次の12AV6の二極部で検波されます。FM専用の2段目の中間周波増幅は、入出力ともに10.7MHzの同調コイルがつながっています。ここは検波の前ですので一般的にはリミッターとしますが、回路と電圧からリミッティング動作はしていないように思います。次段のFMレシオ検波はある程度リミッティング機能があるので問題ないのでしょう。
EF-850の中間周波増幅部回路
左の12BA6はAM/SWとFM共用
右の12BA6はFM専用
AM検波部
12AV6の双二極部を使用した一般的な回路です。振幅変調(AM)の検波とは整流のことですので、12AV6の二極部で整流し、それをCRフィルターで平滑して音声信号にしています。500KΩのボリュームの両端に信号が現れます。交流信号(音声信号)は12AV6の三極部で電圧増幅されます。
直流分はAVC(AGC)回路でAM周波数変換部と中間周波増幅部の利得を調整します。同時に同調指示管にも加えられます。
EF-850のAM検波部
左端の第一中間周波増幅のIFTの出力とその下のCRフィルタ
右上の12AV6の双二極部
AVC回路は見えていない
FM検波部
FM検波はゲルマニウム・ダイオードOA72を使用した不平衡型のレシオ検波回路です。ダイオードは小さなガラス管の1N60などがまだ無かったようです。採用されているOA72は黒い小さめの薬のカプセル剤のような外観です。これは問題なく1N60やSD34などのゲルマニュウム・ダイオードに置き換えることはできると思います。EF-850の前のバージョンでしょうかEF-650では12AL5 検波用双二極管が使われています。その代わり同調指示管はありません。
EF-850のFM検波部回路
中央がダイオードOA79を使用した不平衡型FMレシオ検波回路と
ディエンファシス回路
回路は一般的なレシオ検波回路です。前段のFM専用中間周波増幅で増幅された10.7MHzの信号は、ここで検波され次段の12AV6の三極部による低周波電圧増幅に入ります。この回路はアナログ・テレビでも一般的に使われるものと同じです。
検波出力はCRフィルタ(ディエンファシス)を通して、ボリュームの両端に加えられ、交流信号のみが12AV6の電圧増幅に入力されます。
同調表示部
同調指示は同調指示管(マジックアイ)12ZE8を使用しています。
MW/SWとFMのとき有効です。PUのときはB電源を切って発光しないようになっています。MW/SWは検波後の直流分(AVC電圧)をグリッドを加えています。FMではレシオ検波の検波電流で充電されたコンデンサのマイナス電圧を取り出してグリッドに加えています。
12ZE8はトランスレス用(ヒーター電圧12V ヒーター電流 150mA)のマジックアイで、これも希少な球です。
低周波電圧増幅と電力増幅部
EF-850 低周波電圧増幅、電力増幅部
12AV6の三極部で低周波電圧増幅、30A5で低周波電力増幅を行う、一般的なトランスレス五球スーパーの回路です。
音量調節の500KΩのボリュームの両端に現れた音声信号は、交流信号のみが12AV6のグリッドに加えられます。FMの場合はレシオ検波後にディエンファシス回路を通過した信号です。
トランスレス・ラジオには電力増幅段に希に35C5を採用したものがありますが、30A5のほうが低プレート電圧で動き、ヒータ電圧も5V低いので日本のAC100Vでの使用には好都合のようです。30A5は欧州の球を国産したもののようで、GEやRCAの規格表には載っていません。
12AV6の三極部はμ100の高増幅度三極管です。
関連記事: 6AV6 高増幅度三極双二極複合管
スピーカは14cmの大形ダイナミック・スピーカです。
切り替え機構
回路中にはバンド切り替えのロータリースイッチS1、S2、S3、S4があります。各スイッチは同じ軸のロータリースイッチです。PU-FM-MW-SWの順で切り替わります。回路図をよく見ると中心に回転方向の矢印があるので注意が必要です。S1とS3は時計回り。S2とS4は反時計回りで描かれています。回路図はPU(PHONE)を選んだ状態です。
このロータリースイッチはラジオの泣き所で、接触不良が起きやすいところです。バラして清掃する人もいますが、至難の業です。
S1はMW/SWの同調コイルとローカル発振コイルのバリコン(430PF)を切り替えます。つまりMWバンド、SWバンドの選択です。PUとFMではMW/SWの同上回路をGNDに落します。
S3はMW/SWのローカル発振コイルとバリコン(430PF)の接続を切り替えます。同時にMW/SWとFMの場合の同調指示管の入力(グリッド信号)を切り替えます。
S4はFMチューナーとFM専用中間周波増幅回路をFMの場合だけ生かします。またPUの場合、同調指示管を殺します。
S2は低周波電圧増幅に入れる信号をPU、FM、MW/SWから選びます。PUは外部信号です。1V位の信号で駆動できるはずです。FMはレシオ検波の出力です。MW/SWはAM検波出力です。
テストポイントについて
このラジオには表面にTP1とTP2の二つのテストポイントがあります。シャーシに穴があり、抵抗のリードを白い接着剤のようなもので固定して表面に出して輪にしてあります。
FMチューナー部のテストポイントTP1
回路図から、TP1はFMチューナの混合のグリッド電圧を計測できるようになっています。TP2はFMの二段目のIFTにつながっており、第二中間周波増幅のグリッドを電流で計測できるようになっています。
入手時の状態
このEF-850はオークションで入手しました。数人のオーナーの手に渡ってきた物と思いますが、オリジナルの状態ではなく、主にコンデンサー類の交換が行われていました。いくつかのオイルコンが残っていますが、性能に直結するオイルコンは フィルムコンデンサに交換され、電解コンデンサは新しいものに交換されています。いくつかの抵抗も交換されていました。ブロックコンデンサーは交換されてないようです。
全体的には手の入れ方は乱暴なものではなく、何台かの修復を経験した人の手によるもののようです。オリジナル部分はきれいに残っているほうと思いました。
サランネットも綺麗なものに交換されています。
受信周波数をSSGで調べてみたところ以下の様な範囲となっていました。
AM 521KHz - 1560KHz
SW 3.53MHz - 10.3MHz
FM 69.9MHz - 90.6MHz
PUは未調査です。
PU含めどのバンドでもかなり強いハム(どのバンドでも同じハム)があります。
AM、SW、FMいずれのバンドも受信は可能ですが、音がかなり歪んでいます。AMは放送局によってかなり音量差があり、いちいちボリュームで調整が必要です。AVCがうまく働いていないのでしょうか。最も電波の強いNHK第一は、ボリュームを最小にしてもうるさい感じです。同調を少しずらせば音量を小さくできますが、歪が大きくなります。
FMは室内T型アンテナでも数局受信できますが、感度が低くなっているようです。ボリュームを大きくして聞けば実用範囲です。もっとよいアンテナをつなげば、さらに多くのローカルFM局が聴けると思います。
SWも受信はできています。感度不足でが、さすがに夜はにぎやかです。
強いハムがあるので、電源から根本的に修理・調整が必要のようです。
SW、FMで同調指示管の反応が悪いようです。
次回は各部の計測、動作確認をしてみたいと思います。
(JF1VRR)