エクセルによるFMステレオ・コンポジット信号の合成と分離

投稿日 2017/04/13

​エクセルによる計算でFMステレオ・コンポジット信号の合成と分離をシミュレーションしてみました。

日本のFM放送は、放送周波数76MHzから90MHzを使用し、名前の通り周波数変調(Frequency Modulation)でステレオ放送が行われています。

1つの放送電波、例えば80MHzでステレオ放送をする場合、それなりの仕組みが必要です。つまりL(左スピーカを鳴らす信号)とR(右スピーカを鳴らす信号)を1つの電波で送信する訳ですから、一種の多重放送と言えます。しかも一般のFMラジオのようなモノーラル(ステレオ機能を持たない)ラジオなどでも普通に聞こえなければなりませんし、ステレオ・チューナなどでは、LとRの信号が左右別々の音としてしっかり分離されステレオとして聞けなければなりません。つまりコンパティビリティー(Compatibility)がなければなりません。

1つの電波にLとRの二信号を載せて送信するには、LとRの信号を合成する必要があります。その合成の方法はいくつかありますが、日本ではパイロットトーン方式が採用されています。アメリカのFCCと同じ方式のようです。いずれにしてもコンパティビリティーが保たれ、品質のよい音声帯域信号が分離できなくてはなりません。

日本のFM放送の場合、周波数変調における周波数変移の許容範囲は±75KHzとされています。一方、音質を損なわない範囲での音声信号の帯域は50Hzから15KHzとされています。つまり75KHz - 15KHz = 60KHzが他の信号によって使える帯域として余裕があります。パイロットトーン方式では50Hzから15KHzまでにL + R信号、19KHzをパイロット信号、23KHzから53KHzの範囲に38KHzを15KHzのL - R信号で振幅変調し、搬送波を抑圧した(DSB)信号の3つを合成したコンポジット信号で放送周波数を周波数変調しています。

L + R信号(主信号) 50Hzから15KHz
パイロット信号 19KHz
L - R信号(副信号) 23KHzから53KHz 38KHzをL - Rで振幅変調し搬送波を抑圧(DSB)
(53KHzから75KHzまでは業務放送(SCA)などで使われる帯域ですので、ここでは触れません)

FMステレオ・コンポジット信号の構成
(FMステレオチューナ* 日本放送出版協会より抜粋)

FMステレオ放送局側の構成
コンポジット信号が作られる仕組み
(FMステレオチューナ* 日本放送出版協会より抜粋)

このようなコンポジット信号で放送されているので、モノーラルのラジオなどでは、50Hzから15KHzの領域のL + R信号(主信号)を復調することができ、違和感なくモノーラルで聞くことができます。一般的にモノーラルのFMラジオではFM検波後に15KHzのディエンファシス・フィルターを通すのでL + R信号が問題なく分離されます。

一方、ステレオ・チューナでは、L + R信号(主信号)を15KHzまでのLPFで取り出し、また、DSBのL - R信号(副信号)を23KHzから53KHzをBPFで分離後、38KHzの搬送波を加えたあとAM検波して取り出します。19KHzのパイロット信号はステレオ放送か否かのインジケータですが、受信機側はパイロット信号を分離して、それを2逓倍すればAM検波に必要な38KHzを得る事が出来ます。

FMステレオ受信機側の構成
(FMステレオチューナ* 日本放送出版協会より抜粋)

L + R信号とL - R信号からL信号とR信号を分離するには、
(L + R) + (L - R) = 2L
(L + R) - (L - R) = 2R
の簡単な算術で行うことが出来ます。この演算は受信機においてはマトリクス回路が請け負います。

この演算によるLとR信号の分離はエクセルで簡単に確認することができます。
L =El・SIN(2 PI Fl t)
R = Er・SIN(2 PI Fr t)
L信号波振幅(El) : 1
L信号周波数(Fl) : 400Hz
R信号波振幅(Er) : 1
R信号周波数(Fr) : 1000Hz

L信号(400Hz)とR信号(1000Hz)
合成信号 L + R とL - R
エクセルでのシミュレーション

合成信号L +RとL - Rから取り出した2Lと2R
エクセルでのシミュレーション

FMステレオ・チューナでは、モノーラルのラジオの回路に加え、副信号の分離、パイロット信号の分離と逓倍、およびマトリックス回路を付け加える必要があります。これらを総合してマルチプレクサと称し、ステレオ・チューナに組み込まれています。モノーラル・ラジオの中には外付けでマルチプレクサを取り付けられるようにマルチプレクサ用出力(MPX)が付いているものもあるようです。言うまでもなくMPX用出力信号は、FM検波後のディエンファシス・フィルターの前から取り出されます。

では、以下にエクセルを使用してコンポジット信号を作ってみます。

t : 時間 2mSまでとします。(0.4uSステップ 5000ポイント)

L信号(L)とR信号(R)は前述と同じ以下の式で作ります。L信号は400Hz、R信号は1000Hzの正弦波です。直流分は0。位相は0です。

L = El・SIN(2 PI Fl t)
R = Er・SIN(2 PI Fr t)

L信号波振幅(El) : 1
L信号周波数(Fl) : 400Hz
R信号波振幅(Er) : 1
R信号周波数(Fr) : 1000Hz

L+R信号(主信号)とL-R信号(副信号)はそのまま和差で作ります。

パイロット信号(P)は19KHzの正弦波を以下の式で作ります。

P = Ep・SIN(2 PI Fp t)

パイロット信号波振幅(Ep)  : 1
パイロット側信号周波数(Fp) : 19KHz

副信号搬送波(C)は38KHzの正弦波を以下の式で作ります。

C = Ec・SIN(2 PI Fc t)

副信号搬送波振幅(Ec) : 1
副信号搬送波周波数(Fc) : 38KHz

副信号搬送波を副信号L-Rで振幅変調した信号(AM)を以下の式で作ります。
実際は搬送波を抑圧したDSBですが、計算が面倒なので搬送波を抑圧しないAMで済ませています。

AM=C*(L - R)

L+R信号、パイロット信号、L - RでAM変調された副信号搬送波のコンポジット信号を作ります。

COMP = (L + R) + P + C

L, R, L + R, L - R, P, C, AMの各波形
エクセルでのシミュレーション

L + R, P, AMを合成したコンポジット信号
エクセルでのシミュレーション

このようにして作ったFMステレオ・コンポジット信号を変調波として、放送周波数(例えば80MHz)の搬送波を周波数変調して放送されます。

ここで、上記コンポジット信号をFFT解析してみます。FFT解析はLTSpiceを使用しました。エクセルで時間とコンポジット信号のみをCSVファイルに書き出しておき、電圧コンポーネントにPWL file = fm_composite.csvで与えます。負荷抵抗をつないで2msのトランジェント解析を指定してRUNします。これでコンポジット信号が入力され表示されるので、View/FFTをクリックしてFFT解析を行います。

LTSpiceによるFMステレオ・コンポジット信号のFFT解析
左上が主信号L + Rの成分(周期が足りないのでうまく解析できていない)
中央のピークは19KHzのパイロット信号
右の二股のピークは38KHzを中心とした副信号L - Rの成分

上記のコンポジット信号は、以下のようにパイロット信号を取り除くと分かりやすくなります。

L + R, AMを合成したコンポジット信号
P(パイロット信号)無しの場合
L信号とR信号のエンベロープ(包絡線)が現れている
エクセルでのシミュレーション

次に、受信機側での信号の分離ですが、まず周波数変調された放送波から、一般的なレシオ検波回路などで検波し帯域53KHzのコンポジット信号を取り出します。モノーラルのFMラジオでは15KHzのディエンファシス・フィルターを通して15KHzまでに含まれるL + R信号を分離し、そのままスピーカを鳴らすために増幅します。

FMステレオ・チューナでは、レシオ検波の出力をそのまま増幅してマルチプレクサに入力します。マルチプレクサでは、主信号の50Hzから15KHzのL + R信号、19KHzのパイロット信号、副信号の23KHzから53KHzのL - R信号をそれぞれフィルターで分離します。

実際の分離はフィルターで行いますが、エクセルでは簡単のため単純に不要な周波数成分を減算して除くことでフィルターの代わりとしました。

以下は、コンポジット信号からパイロット信号と副信号を取り除き、主信号のL + R信号を取り出したものです。

コンポジット信号から分離した主信号(L + R)
エクセルでのシミュレーション

コンポジット信号から分離したパイロット信号(P)
エクセルでのシミュレーション

コンポジット信号から分離した副信号(L - R)による振幅変調波(AM)
ここではAMでシミュレーションしたが、実際の副信号振幅変調波はDSB
エクセルでのシミュレーション

副信号振幅変調波(AM)から分離した副信号(L - R)
エクセルでのシミュレーション

以上のように主信号(L + R)と副信号(L - R)が得られたら、マトリクス回路に通して前述の様な演算を行いLとRを分離します。(2L、2Rとなって分離される) 

以上、シミュレーションでは単に逆算しているだけですから、元に戻る(分離される)のは当たり前ですが、FMステレオ・コンポジット信号の合成と分離の様子が分かります。実際のマルチプレクサの回路では、マトリクス回路を使ってLとRを分離する方法のほかにスイッチ方式があります。

以下はパイオニアのステレオコンポ C-2000の説明書に含まれるAM-FMステレオ・チューナアンプ(S-63X)のマルチプレクサ回路です。

パイオニア AM-FMステレオ・チューナアンプ S-63Xのマルチプレクサ回路
真空管使用のスイッチング方式マルチプレクサ

* 参考文献 FMステレオチューナ* 春日二郎編著 昭和45年 日本放送出版協会

(JF1VRR)

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