TS-511Sの修理 その1
投稿日 201708/17
オークションで動作未確認ジャンクのTS-511S本体を入手しました。トリオはTS-511シリーズとしてTS-511X/Dを発表し、それにノイズブランカを搭載したTS-511XN/DNを続けて発表しました。さらにその後、TS-511Sを発表しました。そのころのカタログには、TS-511Dが94,800円、TS-511Sが115,000円となっています。店頭ではこれの2割り引き位で買えたでしょうか。ちなみにTS-511シリーズは電源が別ですのでPS-511D 25,000円が必要です。計120,000円、それにマイクやフィルター、SWRメーター、アンテナなどを加えると、200,000 x 0.8円位の投資になったでしょうか。
トリオのカタログ「アマチュア無線用通信機」より
今回入手したTS-511Sは、フロントパネルにTS-511としか印刷されていませんが、間違いなくTS-511Sのようです。カタログによると、
送受信周波数: 3.5~29.7MHz
電波型式: SSB/CW
定格終段入力:
3.5~21MHz 450W(PEP) 300W(CW) 28MHz 360W(PEP) 240W(CW)
受信感度:
3.5MHzから21MHz 0.5uV S/N 10dB 28MHz 1.5uV S/N 10dB
となっています。
TS-511S(上)
受信だけなら10W機用の電源PS-511X(右下)が使える
ファイナルは6LQ6または6JE6C 2本、メインダイヤルは1回転100KHzです。(TS-511/X/Dは25KHz)。マーカーは100KHzと25KHzが選べます。CWフィルター、マーカー、ノイズブランカが標準搭載されています。
ファイナルですが、やはり6LQ6/6JE6C 2本並んでいるは壮観です。(今回入手のTS-511Sは6JE6C) ドライバーの6GK6も12BY7Aよりも一回り大きく堂々としています。100Wとはパンチの違う200Wは魅力です。
さて、今回入手したTS-511Sはうんともすんとも言いません。かなり重症のようです。こういう場合はまず落ち着いて各部の電圧と出力波形をチェックします。なお、TS-511Sとしましたが、受信部はTS-511シリーズすべてで同じです。
ファイナルは6LQ6/6JE6C 2本 出力200W
ドライブは6GK6
RF増幅は6BZ6
ノイズブランカー、マーカー、CWフィルター装備
メインダイヤルは1回転100KHz
主なチェック箇所
ファイナルだけ抜いて、SGスイッチ(リアパネル)をOFFにしておきます。
AC 12.6V
真空管のヒーターは点火しているか。 OK
照明ランプは点灯しているか OK (メインダイヤルのランプは欠損)
6Vの真空管は2球ずつ直列になっているので、一方が断線しているともう
一方も点火しません。
ファイナルとその他の真空管は別系統になっています。
AVRユニット IN端子 11.96V ちょっと低い (基準値 16.0V)
AVRユニット OUT端子 9.08V OK (基準値 9.0V)
AVRユニットは生きています。9Vはさまざまなユニットで使われており、その安定度は重要です。各ユニットまで届いているか確認が必要です。
IFユニット 150端子 155V 少し高めだがOK (基準値 150V)
150VはPS-511電源ユニットのリアパネルに調整ツマミがあるので±2V以内に 調整します。
AFユニット 14端子 16.0V OK (基準値 16.0V)
AFユニット 9端子 9.08V OK (基準値 9.0V)
電圧はOKですので、DETやAV2のいずれも、指先やプローブなどで触ってスピーカーからハム音が出るか確認しておきます。シグナルインジェクターがあれば便利です。
AFユニットにAV1(回路図ではAV1の信号名が抜けています。C12の+側です。) やAV2のケーブルは心線が細いため切断していることもあります。AF GAIN(VR1)側もチェックが必要です。
DRIVEユニット -C端子 -63V OK (基準値 -65V)
DRIVEユニット 150端子 154V OK (基準値 150V)
DRIVEユニット OX端子(ヘテロダインOSC発振の出力です)
3.5MHz11.3Vpp (OK)
7MHz0V NG <- OSC発振出力が出ていない
14MHz 0V NG <- OSC発振出力が出ていない
21MHz 7.44vpp (OK)
28.0MHz 4.96Vpp (OK)
28.5MHz 4.48Vpp (OK)
29.1MHz 4.08MHz (OK)
NGについては7と14MHzのロータリースイッチの接触不良、水晶発振子の異常などが考えられます。他のバンドは一応OKですが、バンドによって差がありすぎますので6AW8Aの三極部やその周辺を要点検です。とりあえず6AW8Aを交換してみましたが変わらずでした。
ヘテロダインOSCの発振が弱いか停止している場合、6AW8のシールドケースを取り外してみると発振が正常になるケースもあるようです。6AW8を交換する前に試してください。
VFO 8端子 8.9V OK (基準値 9.0V)
VFO OUT端子 5.508MHz~4.910MHz 可変範囲OK 2.10Vpp OK
VFOは動いています
CARRIERユニット BS端子 9.2V OK (基準値 9.0V)
CARRIERユニット
USB端子 -28.0V OK OUT端子 0V NG <-USBのキャリア発振が出ていない
LSB端子 -28.0V OK OUT端子 1.62Vpp OK
CWR端子 -28.0V OK OUT端子 1.98Vpp OK
モードのUSB/LSB/CWを選ぶ電圧は出ています(-28V)。キャリア発振はUSBが不良です。キャリア発振は強力に発振している必要がありますが、LSBは少し低めです。
ここまでの点検では、おおまかには、
OSCユニットのヘテロダインOSCの7MHzと14MHzの発振出力が出ていない。
キャリア発振のUSBの出力が出ていない。
ことが判明しました。(AVRユニットのIN端子が少し低めですが、OUT端子に約9Vでているので、とりあえず良しとしました。送信系はまだチェックしていません。)
ヘテロダインOSCの発振はコイルのコアが大きくずれていると停止します。このため、コアを少し回してみましたがだめでした。
TS-511S 裏面
キャリア・ユニットのUSBが発振していない
ヘテロダインOSCの7MHzと14MHzが発振していない
ジェネレーター・ユニットの平衡検波のキャリアバランスのズレでAGC飽和
現象はこんな感じ
○どのバンドも受信できません。
○AFユニットのDETやAV2端子を指やプローブなどで触るとハム音が出ます。(AFユニットOKと見なす)
○USBはキャリアが発振していないので全く受信音が出ません。SSGで3396.5KHzを注入してやると受信できます。
○USBからLSBに切り替えるとき、一瞬受信音が聞こえます。(一瞬"ザ"というだけ)
○LSBとCWではSメーターが振り切れます。
○USBではRF GAINを回すとSメーターが反応(正しい挙動)します。
○USBではディップメーターを8.895MHz付近(第一中間周波)にするとSメーターが振れます。これは中間周波増幅部以降生きていると見なせます。
○7MHzと14MHzはヘテロダインOSCが発振していないので全く聞こえません。
○3.5MHz, 21MHzで100KHzマーカーが非常に弱いですが聞こえます。(音量最大でなんとか)
○3.5MHz、21MHzでディップメータの信号が非常に弱く受信できます。
トリオ TS-511Dの回路図より抜粋
TS-511Sとは違うが受信回路はほぼ同じ
ここまで現象が確認できましたので、大まかに見当をつけます。
ヘテロダインOSCが発振しているバンドの3.5MHzと21MHzでマーカーの受信とディップメーターの信号が弱いながら受信できているので、受信系統は基本的には動いていると見ます。
ただし、非常に弱いですので、回路に直列に入るカップリング・コンデンサーやコイルなどの断線があり、浮遊容量などでかろうじて結合しているような状態を想像します。またIFなどの増幅段の真空管が機能していないか同調回路が大幅に離調している、また何らかの原因でAGCが深くかかり、大きく感度を低下させていることも考えられます。他にはキャリア発振(受信の場合はBFOという)の強さが足りないなど。
ということで、ヘテロダインOSCが発振していない7MHzと14MHzは後回しにして、3.5MHzと21MHzで調べて行きます。28MHzは故障が治ってから調整することにします。
まずは、LSBとCWモードでSメーターが振り切っていることからAGCが深くかかっている場合を疑います。AGCはIF増幅二段目 V4 6CB6の出力をQ2 2SC733で増幅し、D8,D9で整流してエミッタを-Cでマイナス側に引っ張っているQ3で増幅してAGC電圧(負電圧)を得ています。AGCの起点電圧はRF GAINツマミで変えられるようになっています。
IFユニットのーC端子の電圧(計測値 -65.5V)を確認しておき、つぎにAGC端子の電圧がRF GAINツマミを回すと変化するかを確認します。結果、キャリア発振が停止しているUSBはAGC電圧が変化しますが、キャリア発振が出ているLSBとCWはAGC電圧-20Vのまま変化しません。これではLSBとCWのとき、Sメーターが振り切れるのは理解できます。試しにUSBで、グリッドディップ・メーターの21MHzの信号が受信できるか試してみたところ、Sメーターが振れました。(このようにキャリアが出ていなくても、IFまで動いているなら受信信号でSメーターは振れます) これで受信部のIFまで動いていると確信。
つぎに、キャリア発振が出ていないUSBでAGC電圧が変化するなら、キャリア・ユニットの出力(OUT端子)を強制的にGNDに落して、LSB, CWも出力が出ないようにして、RF GAINツマミを回してみます。その結果LSB、CWともにAGC電圧が変化するようになりました。ということは、平衡検波(Baranced Det.)の平衡がずれてキャリアが受信信号に混入し、AGCを飽和させているのです。よく受信機で、BFOの発振がIFに入ってAGCが効きっぱなしになるか感度を下げてしまう現象と同じです。で、さっそくバランスを決めるVR3(ジェネレーター・ユニット)を調整しました。これで3.5MHz、21MHz、28MHzで受信可能になりました。マーカーも問題無く入ります。AGCの時定数もOKのようです。3.5MHzでオジサンたちが朝からラグチューしています....
しかし、まだ、
受信できるようになったバンドは、まだ感度が悪い。(要調整)
AFアンプの増幅度が少し足りない。
7MHz、14MHzが受信できない(ヘテロダインOSCが発振していない)
USBで受信できない(USBのキャリア発振が出ていない)
などの問題がありますので、順次解決していきたいと思います。
余談ですが、受信回路の点検テクニックとしては、
○AF(低周波増幅部)が生きているかどうかは、入力(検波出力)に信号を入れるとわかる。入力をドライバや手で触ってハム音が出れば生きている。
○VFOの出力は真っ先に調べる。VFOが死んでいると第一中間周波に変換できないので、話にならない。
○ヘテロダインOSCが発振していなくても、VFOが生きていれば中間周波数の8.895MHz付近は受信できる(Sメーターは振れる) その場合少なくともRFアンプとヘテロダイン・ミキサーより後(IF段)が生きているのがわかる。
○キャリア(BFO)が発振していなくても、信号を受信すれば、受信音が聞こえなくてもSメーターは振れる(検波はIFの後にあるため)
○AGCが極端に効いていると全く受信できない(IFがマヒしている) AGCを殺してみるのも一手。今回のようにキャリア混入でマヒしている場合もある。
など、受信回路の故障にはさまざまな症状がありますが、冷静な見極めが肝要です。
なお、ディップメーターは手軽で必須の道具。SSGがあればベストと言えます。
(JF1VRR)