ドイツ IV号戦車H型 久しぶりのプラモデル
投稿日 2026年01月26日

小学生の三年生から中学生の一年生のころにかけてはまっていたプラモデル。その後私はプラモデルから離れ電気に興味がわいてラジオ少年になっていくのですが、あのころお世話になったプラモデルのタミヤ。今でも元気な会社。これほどうれしいことはありません。先日タミヤ模型の創始者がお亡くなりになりました。ご冥福をお祈りします。
さて、そんな多感な少年時代を送ったわたくしでございますが...... やはりプラモデルが嫌いになった訳でもなんでもない。いや、むしろ、いずれプラモデルに復帰したいという思いが心の奥底にはあったのでございます。もう10年前くらいになるでしょうか、ふとオークションで目にした懐かしいプラモデルの箱絵。無性に組み立ててみたくなりポチっと。古いモデルで、生産されたのは1975年。それはプラモデルの部品がくついているランナーの端にあるタミヤのロゴの下に小さく刻まれています。MAIDE IN JAPAN 1975と。細かいことを言うと、1975年が生産された年かどうかはわかりませんが、間違いなくあのころのモデル。

実はオークションで購入したのが約10年前。すぐに組み立てたのですが、その頃はあまり熱を入れるつもりはなく、子供のころの感触を味わおうと、ただ組み立てただけなのでありました。そのため、塗装もせず長い間放置。結果は言うまでもなく、細かい部品は徐々に取れて、悲惨な姿に。しかし、それが蘇る日を夢見て、取れた部品はなんとか残してあったのでございます。
2027年が明けて、ぼんやり見ていたYoutube。プラモデルを上手に作っている人が多いようだね。しかも皆さん見事に塗装して完成度、実物感が非常に高い!Youtube上にはさまざまな製作動画や、アドバイス動画がいっぱい。さすが情報量は昔とちがう。一番気になっていたのが塗装。しかしいろいろ調べて見ると、あの夢のような価格だったエアーブラシも、なんとか手が届くくらい安いものもある。しかもタミヤやそのほかのメーカーからラッカー、アクリル、エナメル塗料、墨入れ塗料、ウエザリングなど、周辺装備はなんでも揃う。
ということで、2027年の年明けから目覚めたプラモデルへの挑戦欲。そんなに費用が掛からなさそうだし、バラバラ状態の戦車を蘇らせようと一式(エアーブラシと、必要な塗料、その他)を揃えていざ挑戦とあいなりました。

1975年ごろ1500円だったドイツ IV号戦車は、10年前のオークションで3200円だったのですが、いまではもう少しプレミアが付いて高くなっているでしょう。タミヤが現在リリースしている1/35スケールの戦車は概ね3500円から5000円くらい。それを考えたら、3200円は妥当な価格だったのかもしれないね。ドイツは連合軍相手に様々な戦闘を行ってきたが、北アフリカ戦線に派遣されたあの有名なロンメル将軍の舞台で使われていたのがIII号や、このIV号戦車など。戦場となったエジプトと、そのお隣のリビアは砂漠地帯。なんの目印もない砂漠だから国境は一直線に引かれている。当時エジプトはイギリス。リビアはイタリアの支配下にあって、イギリスはスエズ運河を死守すべく頑張っていたところにリビア側のイタリアからの侵攻が始まった。そりゃスエズ運河ほしいわな!しかしムッソリーニのイタリアは劣勢となり、そこに加勢したのがドイツ。ロンメル将軍の砂漠の狐作戦で一気に戦況は逆転したが、広そうな砂漠も、実は戦車も走れないような場所もあり、ロンメルの砂漠の狐もなかなか機能を発揮できない場所もある。地中海の支配や航空権などで優位だったイギリスはドイツの補給をままならない状況にして、最終的には勝利を勝ち取った。スエズ運河は安泰となった。

そんな砂漠の戦いだったから、戦車の塗装は黄色っぽいものとなっていたらしい。まだ、塗装初心者の私にとっては箱絵のような迷彩模様を施す技術はない。そこでグレーのサーフェイサーを全面に塗ったあと、指定色のダークイエロー(XF-60)一色とした。グロスのダークイエローは落ち着きがあって上々の仕上がりとなった。下地のグレーも多少落ち着き具合に一役かってくれているかも知れない。汚しはスミ入れのブラックのみとした。ちょっとやりすぎの感はあるが、塗っているとおもしろいので手が止まらなくなる。細かい部品は主にメタリックグレー(XF-56)とし、フィギュアはダークグリーン2(XF-89)でごまかした。肌色で使うフラットフレッシュ(XF-15)はないので塗っていない。車輪等はフラットブラック(XF-1)にしたが、もう少し渋いラバーブラック(XF-85)あたりにしたほうがかっこいい。デカールはご多分に漏れず、年代物のプラモのものははがれにくい。熱めのお湯でなんとかはがれてくれた。販売されてから50年だよ!

私が小学生だったころ、町には歩いて行ける範囲に模型店は二軒あった。自転車を使えばレベル社のような輸入物のプラモデルも売っている店もあった。うろ覚えだが、おもちゃ屋の隅の棚にも少ないながらプラモデルが並んでいたような気がする。1965年から1970年ごろはプラモデル・ブームだったのだろうか。そうならば、私は幸せな時代に少年時代を送った。私の場合主に戦車を作っていたが、たまにサンダーバードや怪獣ものなども作った。塗装などほとんどせずにそのまま。姉さんかぶりの母がハタキをかけて部品が取れ、小物入れの箱は部品でいっぱいになった。本体は捨てても部品は残り、それが私の宝物だったが、新しく買った戦車や飛行機に適当に取り付けて楽しんだ。いい時代だった。
ご注意:本作品は作者のいいかげんな性格により、装備、塗装色、編隊マーク等は史実に基づいたものになっておりません。
(JF1VRR)

