ビバークの深夜の無音 ミステリーなロマンス

投稿日 2024年12月05日

あれはもう40年から45年くらい前だろうか。あまりロマンスとは言えないが、ちょっとミステリーな体験をしたので、ここで取り上げることにしました。

そのころの私は大阪に住んでいたので、主に関西方面の山にあちこち登っていましたが、木曽の御嶽もいいかなと思い立ち、ちょっと遠征になるが思い切って登ってみることにしました。木曽福島駅だったか、駅前から御嶽の登山口行きのバスに乗りました。御嶽にはすでに大きなスキー場があって冬はもちろん、夏でも観光で訪れる人は多かったようです。周りに温泉もある観光地です。バスには結構長い時間揺られたと思います。途中に地蔵峠という峠があって、見晴らしの良いところをバスが通過したように覚えています。バスを降りるとそこはスキー場の下。夏でもリフトは動いていたっように思います。

御嶽といえばこれまで二回噴火しています。有史以来の初めての噴火。そして多くの人が亡くなった二回目の噴火。この登山はいずれの噴火よりも前です。御嶽が噴火するなど誰も想像しなかった頃。白装束にアジロ笠。人によっては何かが書かれた幟を持って登っている人も。ガレ道に人々が白い線となって登ってきます。この頃は信仰登山も盛んだったのでしょう。

山頂に立派な社があり、屋根がない露天の大きな青銅のお地蔵様。辺りに信仰登山の人たちがたむろしています。後日、一回目の噴火で、この大きなお地蔵様の頭が少し見えるくらいに火山灰が積もったのを写真で見て驚いたものです。あの時は死者は出なかったと思います。

山頂を離れれば、広い登山道に人はパラパラ。ガレた登山道を一の池、二の池を見ながら歩きました。下山は開田高原を目指しました。木曽は馬の産地。木曽馬ですね。開田高原は馬の牧場が広がる高原です。御嶽は富士ほどではないですが、裾野が広く四方に広がっています。開田高原もその裾野に広がる高原です。登山道はその広がった裾野をだらだらと下ることになります。

何のハプニングもなかったと思いますが、時間計算を間違えたのか、概ね下って来て林道に降り立ってからが長い。下のキャンプ場までたどり着けず時間切れ。斜陽となって空は赤みをおび、谷間の林道は急速に暗くなってきました。再び山道に入る前に、適当なところを探してビバークしなければ。テントを張れる場所が見つからない可能性がある。そう思って、林道が少し広くなっているカーブのところにテントを張ることにしました。

暗くなる前に早くテントを張らなければなりません。下の方に滝があるのかザーーーと水音が聞こえています。夕食をとって寝袋に入り、今日の行程を思い出していました。車が一台通過したでしょうか。運転していた人は、こんなところにテントがあると思ったことでしょう。ヘッドライトの光が一瞬当たって、通り過ぎて行きました。

深夜の2時ごろだったでしょうか。何かの拍子で目が覚めた私は、周囲が妙に静かなのに気づきました。風もなく、何の音もしないのです。無音。まさに無音です。そう、寝るまで聞こえていたあのザーーーという水の落ちる音も聞こえません。ちょろちょろではないあの水の流れが音がしないほど止まってしまうことがあるのだろうか。

私は怖くなって寝袋をかぶり朝が来るのを小さくなって待ち続けたました。うとうとしていたのか、気が付けばテントの周りが明るくなり、水の音も聞こえていました。昨夜のあの無音は何だったのだろうと考えながらテントをたたみ、開田高原へと残りの道を下りました。テントを張る予定だったキャンプ場は、張ったままの大きなテントが並ぶちょっと不気味な場所でした。開田高原に出てほっとした私は、緋色のフシグロセンノウが咲いているのを見つけて、やっと本来の世界に戻ってきたように感じました。

これを読んでいる登山経験のある方は、こんな経験をしたことがあるだろうか。それは、広間でも山を歩いていると、木の騒ぐ音や、小鳥の声などがしない一切無音。歩いているとそんな無音の世界に飛び込み、しばらく歩いているとそこから抜け出して、音のある空間に抜け出す。うっかりしていると気づかないこともあるが、それに気づいたときは、少し恐ろしささえ感じるのです。山ではこんな不思議な体験をすることがあるのです。

(雅熊)

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