群馬県界の不思議

投稿日 2022年10月25日

地図上で県界をじっくり観察すると不思議なことが見えてきます。どうして県と県の境が、ここを通っているのか。どうしてこうも複雑にくねくねしているのか。それは何らかの理由があってそうなっているのでしょうし、歴史的背景もあるかと思います。しかしそんなことを知らない素人目には不思議に映ります。今回は群馬県の県界を、素人目で観察することにします。

群馬県は「鶴舞う形の群馬県」と「上毛かるた」に詠われているように、鶴が翼を広げて東を向いている形に見えます。胸から顔、くちばしは群馬県の平野部です。胸の辺りに県庁所在地の前橋市があります。北側の翼は主に上越国境。南西の翼は、山中、西上州の長野、埼玉県境。尾羽の部分は長野県境です。いずれも深い山岳地帯です。

群馬県の水系はそのほとんどが利根川水系です。利根川は群馬県から栃木県、茨城県、千葉県の県境をかすめて銚子で太平洋に注ぎますが、中上流部はすべて群馬県(ほんの一部に例外あり 後述)にあり、源頭の最初の一滴は群馬県(大水上山の南斜面)に降った雨の雫です。このため、わかりやすくは、群馬県の県界線は利根川水系をカバーするように引かれていると言っても過言ではありません
ここで、一般的に県界線がどのように引かれるかを、素人ながら常識的に考えてみると、

○水系を分ける稜線、つまり分水嶺に引く。
○川や沢などを境界として引く(川や沢の中央に引く)

このほか行政的な理由によるもの。歴史的な背景によるものなどがあるかと思います。これらを基本的な考え方とすると、

​○県界線は分水嶺から降りることはない。
○県界線は川や沢をまたがない。

のではないかと想像できます。では、どうして分水嶺を県界にするのでしょうか。これは常識的に水利上の問題が起こるからでしょう。沢の源頭部が他県にあると、他県の水で水力発電をしたり、他県の水を飲料水にしたりすることになるからです。水害が出たら、どちらが治水するのかなど。さまざまな問題が発生すると思われます。

もうひとつ、川をまたぐのも同じですが、群馬県のように海無し県では、どこかでまたがなければなりません。実際、利根川の中上流部は群馬県ですが、前述のように下流部は他県です。これは仕方ないにしても、なんでこんなところでというような上流部で沢をまたいでいたり、川向うに飛び地があったり。川をまたいだと思ったら戻ってきたり。つまり様々な理由で、その通りにはなっていないのが現実のようです。さて、群馬県の県界はどうなっているのでしょうか。

​​群馬県の県周の標高断面

群馬県界ALL.jpg

群馬県界(群馬県の県周)の標高断面
三国峠(新潟県との境)から反時計廻り
(左クリックすると新しいタブで開きます)

群馬県周の沿面距離は約590kmです。最低標高地は鶴のくちばしの先。邑楽郡板倉町の利根川上で、標高約13mです。銚子市の利根川河口から約140kmの地点です。わずか13mの高低差を140kmも流れるのですから、1km辺りたったの0.093mの落差という計算になります。最高標高は栃木県との県境にある白根山で標高2578mです。第二の高峰は長野県との県境 浅間山 標高2568mです。その差なんと10mです。ともに群馬県の平野部から見える山で、真っ先に白くなって冬の到来を教えてくれます。

群馬県界上にある主な山

三国山(みくにやま)
平標山(たいらっぴょうやま)
仙ノ倉山(せんのくらやま)
万太郎山(まんたろうやま)
谷川岳トマの耳(たにがわだけとまのみみ)
一ノ倉岳(いちのくらだけ)
巻機山牛ヶ岳(まきはたやまうしがたけ)
大水上山(おおみなかみやま)
平ヶ岳(ひらがだけ)
白根山(しらねさん)
皇海山(すかいさん)
袈裟丸山(けさまるやま)
氷室山(ひむろやま)
根本山(ねもとやま)
仙人ヶ岳(せんいんがだけ)
父不見山(ててみえじやま)
二子山(ふたごやま)
両神山赤岩P1(りょうかみやまあかいわぴーわん)
三国山(みくにやま)
荒船山経塚山(あらふねやまきょうづかやま)
物見山(ものみやま)
留夫山(とめぶやま)
鼻曲山(はなまがりやま)
浅間山(あさまやま)
黒斑山(くろふやま)
篭ノ登山(かごのとやま)
湯ノ丸山(ゆのまるやま)
四阿山(あずまやさん)
万座山(まんざやま)
横手山(よこてやま)
赤石山(あかいしやま)
白砂山(しらすなやま)
稲包山(いなつつみやま)

​県界上ではなく、完全に群馬に含まれる山としては、上毛三山の赤城山(あかぎやま)、榛名山(はるなさん)、妙義山(みょうぎさん)は有名です。そのほかには、上州武尊山(ほたかさん)、尾瀬の至仏山(しぶつさん)、谷川岳の白毛門山(しらがもんやま)、笠ヶ岳(かさがたけ)。本白根山(もとしらねさん)、浅間隠山(あさまがくしやま)、管峰(かんぽう)、角落山(つのおちやま)、西上州の山々、小野子山(おのこやま)、子持山(こもちやま)、諏訪山(すわやま)、御荷鉾山(みかぼやま)、奥利根の山々などがあります。

群馬県界上にある主な峠(国土地理院地図に記載のある峠)

​三国峠(みくにとうげ)
蓬峠(よもぎとうげ)
清水峠(しみずとうげ)
湯沢峠(ゆざわとうげ)
金精峠(こんせいとうげ)
六林班峠(ろくりんぱんとうげ)
白葉峠(しらっぱとうげ)
土坂峠(つっさかとうげ)
杉ノ峠(すぎのとうげ)
坂丸峠(さかまるとうげ)
矢久峠(やきゅうとうげ)
志賀坂峠(しがざかとうげ)
赤岩峠(あかいわとうげ)
雁掛峠(かりかけとうげ)
ぶどう峠(ぶどうとうげ)
栂峠(つがとうげ)
十石峠(じっこくとうげ)
大上峠(おおがみとうげ)
矢沢峠(やざわとうげ)
余地峠(よじとうげ)
星尾峠(ほしおとうげ)
内山峠(うちやまとうげ)
矢川峠(やかわとうげ)
和美峠(わみとうげ)
入山峠(いりやまとうげ)
碓氷峠(うすいとうげ)
車坂峠(くるまざかとうげ)
地蔵峠(じぞうとうげ)
角間峠(かくまとうげ)
鳥居峠(とりいとうげ)
毛無峠(けなしとうげ)
万座峠(まんざとうげ)
山田峠(やまだとうげ)
渋峠(しぶとうげ)
草津峠(くさつとうげ)
地蔵峠(じぞうとうげ)

尾瀬ヶ原、尾瀬沼に降りる県界

​県界は分水嶺に引かれ、川や沢をまたがないと書きましたが、尾瀬は例外です。利根川源流部の新潟県との間に引かれた分水嶺の県界は、尾瀬の大白沢山、景鶴山で尾瀬ヶ原に降ります。尾瀬ヶ原には湿原の中を猫又川がが流れていますが、この川は大白沢山や至仏山東面を源頭として尾瀬の水を集め、やがて只見川、阿賀野川となって日本海にそそぎます。つまり新潟の川です。同様に、尾瀬沼の水も沼から流れ出た水は沼尻川で尾瀬ヶ原の猫又川と合流しています。

しかし、尾瀬ヶ原の中に群馬県、新潟県、福島県の三県界があり、また尾瀬沼は中央が群馬県と福島県の県界です。尾瀬の水は、尾瀬ヶ原の出口付近にある三条ノ滝を見ればその水量の豊富さが分かります。三県にまたがる尾瀬の水は、はたしてだれのものでしょうか。この辺りは尾瀬の歴史を勉強してみる必要がありそうです。

​下図は、県界は分水嶺を降りることはないという原則から、引き直したものです。尾瀬ヶ原、尾瀬沼は完全に群馬県から外れることになります。

群馬県界_尾瀬.jpg

​尾瀬付近の群馬県界を分水嶺に従って引き直してみた(青実線)
尾瀬の水系は只見川水系なので、それらすべてを新潟県(福島県)側にしてみた

​長野県が雪崩のように谷を下っている

​群馬県南西部、西上州南牧村(なんもくむら)の最奥部。利根川支流の鏑川(かぶらがわ)の上流、南牧川の源流部は勧能(かんのう)という集落の上で二つに分かれ、一方が熊倉川、もう一方が馬坂川となります。熊倉川の源頭は余地峠(よじとうげ)が長野県佐久市に越えています。馬坂川の方は田口峠で佐久市に越えています。

ところが、田口峠の馬坂川側が勧能の上ですでに長野県佐久市なのです。本来なら馬坂川沿いの道を登って、田口峠を越えたら長野県の佐久市に入るというのが常識的ですが、ここは峠を越える前からすでに佐久市なのです。つまり、長野県が分水嶺を越えて谷を雪崩のように下って、南牧川ぎりぎりまで迫っているのです。

この現状は昭和二年にこの地を旅して勧能(かんのう)の宿に泊まった原 全教氏が、その著書「奥秩父回帰」で次のように書いています。

「昔、峠(田口峠)向こうの田野口の領主が、絶えず強引に領界を押しすすめ、上信の界が尾根からこの三尺ばかりの小沢までさがって、馬坂に上州分と信州分ができ、今も上州の蔓に信州の南瓜がなったり、学童が二手に分かれて通学する破目になった。とはゆうべ天野屋(勧能にあった宿)の主人の話」

これは、長野県が利根川の源頭部の一部になっているということです。馬坂川にある馬坂の集落はすでに佐久市ですが、電気や水道、電話、役場、学校、税金などは長野県? それとも群馬県でしょうか。また、佐久市側にも、馬坂の近くにも田口という地名があるのも気になります。

では、本来の分水嶺に沿って県界を引いてみましょう。そうすると霊仙峰から田口峠を越えて、ローソク岩の岩稜を通って、星尾峠につながり、自然な県界になります。

群馬県界_馬坂.jpg

​群馬県甘楽郡南牧村最奥部
南牧川源頭の支流馬坂川が長野県佐久市になっている
田口峠を通過する形で分水嶺に県界を引いてみた(青実線)

​地味に沢をまたぐ県界

群馬の鶴の形が首を伸ばしているところ。栃木県の足利市をかすめて県界は北上します。織物で有名な桐生市と足利市の境界にある仙人ヶ岳を過ぎると、なぜか県界は一旦谷合に降りて小沢をまたぎます。この小沢は桐生川の枝沢です。またいだ後一旦高度をもち直して再び下り、桐生川ダムにそそぐ小沢を再びまたぎます。

このように小沢をまたぐのは分水嶺を辿るはずの県界としては不思議です。下図青線のように、分水嶺を忠実に辿って引くこともできます。この分水嶺は群馬県の桐生川水系と、栃木県の彦間川(ひこまがわ)水系の分水嶺です。いずれの川も渡良瀬川にそそぎます。

群馬県界_穴切1.jpg

群馬県界はA地点で小沢をまたぐ
この県界では桐生川の一部が栃木県に入る
桐生川水系がすべて群馬県に入るよう分水嶺に沿って引いてみた(青実線)

群馬県界_穴切2.jpg

​地図のA地点(穴切峠方向に向かって写す)
​地味に小沢をまたいで再び尾根を登る県界(赤線)
沢は桐生川の枝沢
道は穴切峠に通ずる

​なぜか稜線上を行かず、中腹をなぞる県界

​上の穴切峠付近を通過した県界は、桐生川の上流部へと入って行きますが、最奥の根本山までの県界の引き方が実に妙です。すなおに稜線を通らず、中腹をなぞっているのです。桐生川沿いの町は桐生市梅田町です。梅田町の人が見上げる稜線は栃木県佐野市なのです。

これは県界トレイル歩きをする方にとっては悩みの種でしょう。実際どうかは分かりませんが、地図上、県界に沿った道は無いようです。もしあっても、山の斜面の道は荒れやすく、消えやすいものです。中腹をなぞった県界は、丸岩岳の下で桐生川に降り、根本山の沢沿いの古い参道を根本山に向かっています。この辺りに民家はありませんが、あれば栃木県佐野市の家が、群馬県の桐生市に買い物に出かけるということになりそうです。

一方、分水嶺の稜線に引けば、とても素直に引けるのです。青実線のように野峰、丸岩岳、熊鷹山、十二岳と素直に引くことができます。

群馬県界_梅田1.jpg

​桐生川の上流部の県界は稜線の中腹をなぞる(赤実線)
分水嶺に忠実に引いてみた(青実線)
左は群馬県桐生市。右は栃木県佐野市

​渡良瀬川上流部の広大な範囲が栃木県になっている

栃木県で利根川と分かれた渡良瀬川は、上流へと辿ると足利市を流れた後、群馬県の桐生市に入ります。そして渡良瀬渓谷鉄道のある谷合を流れ、草木ダムの草木湖の上で再び栃木県に入り、日光市の山に消えます。つまり、群馬県界が渡良瀬川をまたいでいるので、渡良瀬川の最上流部は栃木県になっているのです。銅鉱山で有名な足尾鉱山はこの山域にあります。谷合を走る渡良瀬渓谷鉄道は、沢入(そうり)駅までが群馬県で、原向駅、通洞駅、足尾駅、間藤駅は栃木県です。なぜこのような県界にしたのでしょうか。不思議です。想像ですが、この山域は銅鉱山の利権を含む複雑な問題があったのかも知れません。

分水嶺の稜線に県界を引くと、広大な部分が群馬県になります。地蔵岳から粕尾峠、勝雲山、地蔵岳、薬師岳、細尾峠、茶ノ木平、半月山、阿世潟峠、社山、黒檜岳、シゲト山、三俣山を結ぶ稜線を青実線で結んでみました。北側はもう奥日光の山々です。

52号鉄塔の近くにある51号鉄塔への案内杭

向こうの尾根に51号鉄塔が見える

群馬県界_足尾1.jpg

群馬県界は渡良瀬川の途中をまたぎ、渡良瀬川源頭部は栃木県になっている
分水嶺に忠実に引いてみると青実線のようになる
左は群馬県みどり市、沼田市。右は栃木県鹿沼市、日光市

​なぜか群馬県にある野反湖

​野反湖(のぞりこ)は、野反ダムによって作られた人口湖です。標高約1500mの高地にある湖です。ダムが作られるまでは湿地で一部に池があったようです。この野反湖は群馬県側から国道405号で登っていくと、野反峠で目の前に野反湖が広がります。一見自然の湖のようです。これはダムが反対側の北端にあるためで、ダムが見えないため自然の湖のように見えるのです。

一般的に群馬県にあるダムを群馬県側からアプローチすればダムが目の前に現れ、ダムの向こうにダム湖が見えるというのが普通ですが、野反ダムは新潟県側を向いているため、群馬県側からアプローチしても見えないのです。

理由は野反ダムが信濃川上流部の長野県、新潟県を流れる中津川の源頭だからです。つまり野反湖に集められた水は、わずか数百m流れて群馬県界を越え、長野県に流れ落ち、更に新潟県に流れていくのです。野反ダムは現在、東京電力が運営しているようです。野反峠へはJR吾妻線の中之条駅から期間中バスがあります。

図の青実線は野反湖がすっぽり長野県に入るように、中津川の源頭部を囲む分水嶺上に引いた県界です。このように引かれれば信濃川中津川水系は長野県に入り、すっきりします。このようなところにも歴史的背景、紆余曲折があるのでしょうか。

群馬県界_野反1.jpg

野反湖は長野新潟の信濃川中津川源頭部なのに群馬県になっている
ダムは東京電力が運営している

群馬県に位置するダムだが、中之条側から国道405号を登ると野反湖の尻になるこれはダムが長野新潟側を向いているからである

この他に、

​軽井沢の大峠 旧中山道 神社が県界で真っ二つ

神流川の下久保ダムは県界で真っ二つのダム

奇妙に利根川をまたがる埼玉県

邑楽郡、渡良瀬川に素直に引かれず蛇行する県界

​など、不思議な県界があります。

県界は分水嶺を通り、なるべく川をまたがないのが素人目には合理的に見えますが、実際は単純にそのようにはなっていません。県界の引かれ方にはさまざまな理由があるようです。歴史的背景、地域の力関係、国の力、経済上の合理性、生活上の利便性など。素人の私にははかり知れません。

​登山者にとって県界の稜線を歩くということは、ひとつのロマンでもあります。県界の稜線は一般に山深く、場所によっては360度どこにも人工物が見えない、ただ風が通り抜ける場所でもあります。左右の沢の流れはまったく別の場所に流れ着き。雲さえさえぎられる場所でもあります。登山者はそんな場所に立って、様々に思い、深く息をして生きている感覚を味わうのです。

​「分水嶺」は、ここでは単に水系を分ける稜線という意味で使っています。ここで取り上げている数値や計算は厳密なものではありません。

​(雅熊)

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