B29墜落現場
投稿日 2012年02月13日
久しぶりに栃木県の足利市に行く用事があり、県道を走っていると、道のかたわらに小さな看板があり、「B29墜落現場」とあります。
そこは群馬県邑楽郡の北の端 「秋妻(あきづま)」という農村です。すぐそこは栃木県です。
爆撃対象とはまったく無縁のように見えるこの辺り。のんびりとした農村風景が広がっています。
さっそく、県道から看板が示す方向に、農道に入ります。
ほどなく現場に到着。
といっても、当然ですが、もうB29の姿は影も形もありません。
墜落現場の説明看板
記念碑のようなものもなく、田んぼ(今は麦畑)が広がっているだけです。
当時を説明する看板が建っていますが、これも最近建てられたもの。
この看板がなければ昭和20年の2月にB29が二機もここに墜落したなどという、昔の出来事を知るすべはありません。
遠くに赤城山 二機のうちの一方がこの辺に落ちた
さて、なぜここにB29が二機も墜落したのか?
群馬の太田にある中島飛行場(今のスバルの工場)を狙って、爆弾を落としに来たB29が、空中で接触して墜落したとのことです。
日光の山々が白く輝く
そのB29の編隊は、中島飛行場ではなく、足利市の「百頭(ももがしら)」という農村に爆弾を落とし、33名もの住民が死亡したようです。最近よく聞く誤爆でしょうか。
二機のB29の乗員23名も死亡したようです。
二機目はこの辺に落ちた
よく見ると遠くに見えるハウスの左に赤い目印が立っている
これらのB29はテニアンから飛び立ったと書かれています。テニアンと言えば、のち(この年の八月)に広島・長崎に原爆を落としたB29(エノラゲイ)が飛び立った飛行場です。
いずれにせよ日本、アメリカ双方に深い傷跡をのこした事件だったようです。
(熊五郎)
コメント(2)
- B29と聞いて胸がドキッとしました。あれは大きな爆弾を積んできました。この風景と同じような葉竹の向こうには継父の勤める軍需工場がありました。そして爆弾が落とされました。私たちは蟻地獄のようになった爆弾の穴で遊んでいました。切実さの分からない子どもにとって近くで亡くなっていく人のことさえ分かってはいなかったけれどB29は恐ろしいものでした。 2012/2/13(月) 午後 6:38
- agewisdomさん。地元のこともよく知らずに暮らしてますが、こういうことがあったと知らされると、戦争の経験のない私でもショックですから、年配の方は当時を生々しく思い出すでしょうね。もうあってほしくない事です。(熊五郎) 2012/2/13(月) 午後 7:42