忘れられない微笑み 雪降る朝のロマンス
上越の山にて 紅葉の尾根
20代後半だったか、ある年の11月の初旬。私は上越の山に居た。
その山域としては、いつ雪が降ってもおかしくない時季である。
辿りついた山小屋はまだやっていた。
テントなど野営のための一式は持っていたのだが、煙突から煙が立ちのぼる山小屋を見て、泊まってみたくなった。
小屋の主人によれば、明日、この山小屋を閉めて下山するという。
小屋の中はストーブで暖かいが、何か閑散としているのはそのせいだろうか。
大半の窓には、すでに雪よけ板が掛けられていた。
客は私ひとりのはずだったが、小屋の奥で何やら人の気配がする。
覗きこんだ私の視線の先から、意外にも娘の微笑みが返ってきた。
主人の話では、荷降ろしの手伝いで来てくれたらしい。
「私の娘だが、食糧などを定期的に麓からここまで運び上げてくれる。」と、主人は付けくわえた。
1500mもの標高差を登ってくるのは辛かろう。
街に出て、ショーウインドウでも見て歩きたい年頃に見えたが。
無口な娘だった。
その夜は主人が食え食えと出してくれた肉や野菜で、すき焼きパーティーのようなぜいたくな食事になった。食材は、娘が担ぎ上げたものだろう。
少し日焼け顔したポニーテールの娘だったが、ついぞ話をすることはなかった。
翌朝、寒いと思ったらやはり雪が降り始めていた。
小屋を離れる私に向かって、バンダナをした娘が、すこし顔を斜めにして微笑みながら手を振ってくれていた。
その娘のことはその後の私の心にいつまでも残った。
声さえも聞いていないのに。
......
河合奈保子の「ハーフムーン・セレナーデ」でも聴いてみようか。
(熊五郎)
コメント(2)
- 思い出の箱の中にはたくさんの女性のポートレートが詰まっていそうですねえ。 (agewisdom) 2017/11/29(水) 午前 10:45
- > agewisdomさん はい、女性しか頭に残っていないというのが正直なところです。^-^;(熊五郎) 2017/11/29(水) 午前 10:53