雨の巡り合わせ 美しい女(ひと)とのロマンス
林道からのゼニイレ沢
私は車を谷川岳に向けて走らせていた。
水上(みなかみ)を過ぎたあたりから弱い雨となり、土合(どあい)に着いたころには本降りになっていた。
谷川岳の一角にそびえる白毛門(しらがもん)の北面にあるゼニイレ沢を遡行するのが目的だった。
普通なら、尾根道などの別ルートに切り替えるか、あきらめて帰るところである。しかし何かが私の気持ちをかき立てた。
待ちをきめて、3時間くらい、車の中でウトウトしただろうか。
気がつくと雨はやんで、空にはひとつ洞窟から外を見たときのようにぽっかりと青い穴があいていた。
これはいける。
そう判断した私は身支度を整えて、さっそく行動を開始した。空は灰色なのか青いのかわからないような微妙な色調になっていた。
一般的には雨後の沢には入らない。増水と滑落の危険が高まるからだ。若かったのである。
山頂近くは雹(ひょう)が降ったようだ。手がかじかんでいた。
なんとか遡行を終えて稜線に出たときは、すでに3時を過ぎていた。白毛門の山頂には30分くらい登れば行けるのだが、秋の日はつるべ落とし。下山にとりかかるつもりだった。
そこに彼女は現れた。
こんな時間に登ってくる単独の女性がいるとは!
「これから山頂まで行くんですか?」私は思わず聞いていた。
「はい」「ちょっと出発が遅れてしまって.....」
「じゅうぶん気を付けて」
こんなきれいな女性が。しかもひとりで。
ヘヤ―バンドをした清楚な女性だった。
私はその直後心配で居たたまれなくなった。
登っていく彼女の後姿を見ながら、ここで1時間待って、もし降りて来なければ迎えに行こう。降りてきたら、一緒に土合まで下ろう。そう考えた。そして私は待った。
かくして、彼女は無事に降りてきた。
見知らぬ男が待っていて、一緒に降りようというのだから、警戒したに違いないが、そんなそぶりはみじんも見せずに、我々は谷川でも急登と言われる尾根道を、近づいてくる闇に追われるように下った。
統計局に務めているという彼女は、話すと利発であろうことはすぐに分かった。楽しい2時間はあっという間に過ぎてしまった。私にとっては永遠につづいてほしい下山だった。
彼女はもちろん帰りの電車も計算して登っているが、「高崎まで送るよ」というと、素直に了解してくれた。
車中、住所と名前を聞くので、伝えた。
年が明けて、彼女からあの時のお礼をしたためた年賀状が届いた。
私は返事を出したが、それがこのロマンスの締めくくりだった。
.......
辛島美登里が歌う「サイレント・イブ」でも聴きてみるか。
(熊五郎)
コメント(2)
- たくさんの出会いと別れがあって今がある。不思議な縁。でも私あまりないなあ。(agewisdom) 2017/11/24(金) 午後 4:36
- > agewisdomさん ロマンスは意外と身近にあるかも知れませんよ。(熊五郎) 2017/11/24(金) 午後 6:59