頭上からの美声の主は 突然の訪問者のロマンス
投稿日 2024年10月26日
万太郎岳 吾策新道からの足拍子岳(左)とクロガネノ頭
東京から新潟を結ぶ高速道路「関越自動車道」。その関越道の山岳部である谷川岳の群馬県と新潟県にまたがるところに関越トンネルがあり、新潟県側に大きな口を開けている。そこから長い建造物が延びて、ひっきりなしに車が走っている。本来は静かな山間に、似つかわしくない車の走行音が響いている。
JR上越線の土樽駅で下車し、今日目指すのは足拍子岳(あしびょうしだけ)とクロガネノ頭(くろがねのあたま)。猫の耳に見えるこの二つの鋭鋒は、少し離れた茂倉岳の登りや万太郎岳の登り道から、はっきりそれと確認できる。
足拍子岳は二度目で、以前は荒沢山を経由して越後中里のスキー場まで尾根伝いに歩いたことがある。今回は同じ道で足拍子岳とクロガネノ頭に登ることにした。クロガネノ頭からさらに尾根上を進めば蓬峠(よもぎとうげ)へも行ける。ただし、それらのルートはいまでは登山地図上には無く、廃道になっている可能性がある。私が歩いた時も、すでに心細い道になっていた。
高速を走る車の音をよそに、魚野川を渡る。対岸に細い林道があってそこを何度かウロチョロして登山口を探し、目処をつけたところから尾根に取り付いた。急傾斜の尾根筋からは高速道路を走る車が見える。心細い踏み跡を辿って足拍子山、ウロガネノ頭のピークを確認した。今日の予定はここまで。距離が短いので時間的な余裕がある。
まだまだ昼食にも早い時間である。来た道を戻ったが、ふと見れば太い松の下に大きな岩ある。平になっており休むにはよい場所だ。景色もよい。少し早いがここで昼食をとることにした。誰も来ない静かな山の一角。見下ろす山の斜面は新しい緑で彩られ、風で揺らいだ山肌の緑が薄くなったり濃くなったりして波打っているのが分かった。
食事を終えても時間があるので私はその平らな岩の上で昼寝でもするかと考えた。まぁ、本気で寝るつもりはなかったのだが、うららかな初夏の木漏れ陽を受けて、眠り込んでしまったようだ。
夢うつつに、寝ているのか起きているのかわからない自分の頭上に訪問者はやってきた。頭上の松の木でガサガサと音がしたと感じた。眠気が勝っていた私は気にすることなく目を閉じていたが、しばらくして、突然大きな声で「カッコー、カッカッコー」とやりだした。
私はびっくりして飛び起きた。こんな至近距離でカッコーの鳴き声を聴くとは!
カッコーの渡ってくる季節。その声は里でも聴くことがある。しかしそれはいつも遠く。あぁ、今年もカッコーが渡って来たかと思いをめぐらす程度であるが、このカッコーはどこから飛んできたのだろうか?南方から来たとすれば少なくとも谷川岳を越えなければならなかっただろう。なんとか越えたカッコーがこの谷合の大きな松を見つけて一休みしようと考えたのではなかろうか。
どこから来てどこへ行くのか。旅ガラスならぬ旅カッコーは、青空の向こうに飛び去った。
(雅熊)