九月の山径
投稿日 2024年9月17日
先日妻と秩父に出かけた。
妻が、「たまには山歩きでもしたいなぁ」言う。元気な妻だがほとんど運動しない。
ときどき、身体を動かしたくなるのか、こういうリクエストをする。
あれこれ考えた末、秩父に蕎麦でも食べがてら、山径をちょっと歩いてみるかと考えた。
選んだのは秩父観音霊場の二十六番札所から二十七番札所を結ぶ巡礼道。
これらの寺は石灰岩の採掘で日々姿を変える秩父の名峰「武甲山」(ぶこうさん)を仰ぐ位置にある。
まぁ、歩いていても武甲山はいっさい見えないのだが、往時の巡礼者が巡礼装束でてくてく歩いた山径を現在の我々が辿るのも、一つのよい行いではないだろうか。
江戸時代に盛んだった巡礼は、現在でも細々と続いている。ただ、そのほとんどはバスツアーやマイカー利用であろう。昔の巡礼径を辿る者はあまり多くない。
二十六番札所の「円融寺」から二十七番札所の「大渕寺」(だいえんじ)までの巡礼道は山径である。なぜかと言うと、円融寺の奥の院「岩井堂」が山の中にあるからだ。
円融寺から岩井堂までは昭和電工工場の構内を通って、約300段の石段を登る。杉の林床だが地蔵や石灯篭が往時をしのぶ、趣のある径である。岩井堂は、なんでこんなところに?と思うような大岩をバックに堂々と建っている。昔は岩井堂に円融寺の本尊が祭られていたが、今は管理上の問題で円融寺にあるそうだ。その意味では岩井堂に詣でるのは意味が薄れるのだが、ここまで登ってくる価値は十分にある。日頃、都会の雑踏に暮らすものにとっては、岩井堂あたりの雰囲気は本来人間が吸うべき空気であり、動物としての本能を呼び覚ますような感覚に満たされる。
岩井堂は最高標高にあるため、ここからはほぼ下りとなる。若干のアップダウンはあるが、よく踏まれた樹林の径が大渕寺まで続いている。
妻が盛んに、「あれ、またいい匂いがする」と言いながらついてくる。あまり山を歩かない妻にとっては山の匂いや、足元の花やドングリ、山栗、鳥の鳴き声など、なにもかも新鮮である。
左下の谷からザーザーと水音が聴こえる。おそらく砂防ダムがあるのだろう。護国観音で秩父の街並みを見下ろし、大渕寺の延命水で33年若返り、影森に降りておいしい蕎麦にありつこうと、いつのまにか邪心のよみがえるなんちゃって巡礼者である。
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(雅熊)