登山のセンス:登山のセンスとは

今回から複数回に分けて「登山のセンス」を投稿したいと思います。今回はまずはじめに「登山のセンスとは」です。あくまでも私「熊五郎」の考え方ですので、いろいろご意見はあると思います。あらかじめお断りしておくと、ここでの話は誘われハイキングや、ツアー登山などの依存型から自分なりの登山を楽しみたいという方に向けて書いています。

登山にはある程度のセンスが必要であると私は思っています。まったくセンスの無い人が登山を続けるとどうなるか。それはいつまでたってもガイドブックから離れられない。人に誘われてや、ツアーや団体に所属(依存)しなければ登山ができず、自分独自の登山を開拓できない。何か起こったときに臨機応変に対応できない。ちょっと自分なりの登山にいつまでたっても挑戦できない。などなど。

「私はそれでいいわ」とおっしゃるかも知れませんが、山は基本的に自宅や町とは違う危険な場所。たとえ低山でもチームからはぐれてひとりになってしまうこともあります。そんなとき、自分に判断力がなければ、危うい方向に事態が展開する可能性が多分にあります。山はいわば迷路と同じ。いざというときそこから脱出する技量を備えておかなければなりません。

ある山の山頂で、北の方角を指して、「あれ富士山かな?」なんて言っている人を見かけました。北に富士が見えるのはほぼ伊豆半島の山域だけです。このような人は方角の概念がないため、山頂から全く違う方向に下山したりする間違いを犯すものです。人間は基本的に動物的本能は備わっています。このままだと寒くて危険。お腹がすいたからそろそろ何か食べておこうなど。体が衰弱したり、死んだりしないように予防策は誰でもとるものです。しかし、普段の生活とちょっと違う事が起こると判断する手立てがなく路頭に迷ってしまいます。

私は若い時から登山を始め、これまで45年余りの経験がありますが、はじめは登りたい山のガイドブックを買い、そのガイドブックの記載内容から計画を作り、記載のルート通りに登ったものです。ほとんどが単独行ですが、最近は親しい登山仲間と(多くても)3人で登ったり、一時期町のハイキングクラブにも所属したこともあります。その45年の経過の中で徐々に養ってきセンスというものがあると感じています。

あるグループの登山に参加して、山頂に登るまで何という名前の山に登るか知らなかったとか、登るルートがまったく頭に入っていなかったとかいうのは、論外です。登っている途中でも、目的地には左に行くべきか、右に行くべきか。常に自分の考えをもって登るべきです。主体性がない登山。他人任せの登山。それは危険に自ら身をさらけ出すもの。危なっかしくて見ていられません。

ただ、登山のセンスは一回で身に着くものでもありません。いろいろ経験して身についてくるものです。

「登山のセンス」は山に対する見方、考え方であり、また、生き抜くための術(すべ)でもあります。

さて、登山のセンスをじっくり考えていきましょう。

(雅熊)

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